木曜日の夕方、五時をまわった頃。デスクの上でコーヒーがすっかり冷めていることに気づいて、なんだかその冷め方が今の自分の気持ちに似ている気がした。月曜から水曜までは勢いだけで乗り切れるのに、木曜になると急に息切れがする。あと一日、あと一日、と心の中で唱えながら、パソコンの画面をぼんやり眺めていた。
隣の席の子が「今週も長いね」と笑いながら言った声に、思わず深くうなずいてしまう。うなずきすぎて肩が凝った、というのはちょっと言い訳がましいけど、たぶん本当に力が入っていたんだと思う。こういう小さな緊張の積み重ねが、一週間の後半になるとどっと出てくる気がする。
帰り道、駅のホームで頬に手を当てたら、乾いた風のせいか肌がすこし張っている感じがした。私の場合は、疲れがたまると真っ先に頬のあたりに出る気がする。気のせいかもしれないけれど、そういう小さなサインを見逃さないようにしたいなと最近は思うようになった。電車に揺られながら、今日はもう何も考えずに湯船にゆっくり浸かろうと決めた。
家に着いて、洗面所の電気をつけたときの自分の顔が、思ったより疲れていて笑ってしまった。目の下のクマを指で軽く押しながら、「まあ今日はしょうがない」とひとりごとを言う。こういう独り言が増えたのも、一人暮らしを始めてからの変化だったりする(笑)。誰も見ていないからこそ、素直な顔でいられるのかもしれない。
木曜日は一週間の中でいちばん心が揺れる日な気がする。金曜が見えているのに、まだ着かない。そのもどかしさごと、今日はちゃんと受け止めてあげようと思いながら、湯船に浸かって一日を終えた。明日になればまた少し軽くなっているはずだと、根拠もなく信じてみることにした。
※この記事は個人の体験・感想であり、効果を保証するものではありません。肌に合わない場合は使用を中止してください。
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湯船に浸かる時間は、その精算にちょうどいい。お湯の温度はぬるめにして、十分だけ。スマホは脱衣所に置いていく。湯気の中でぼんやりしていると、今日あった細かいことが、どうでもいいことと、明日考えればいいことに、勝手に仕分けされていく気がする。お風呂は体だけでなく、頭の中も洗ってくれるらしい。
目の下のクマには、蒸しタオルを乗せてみた。効果のほどはわからないけれど、じんわり温かいのが気持ちよくて、これはクマのためではなく自分の機嫌のための習慣にしようと思った。金曜の朝の私が、少しでも軽い顔で鏡の前に立てますように。そう願いながら、木曜の夜を店じまいした。
あとから思えば、木曜の息切れには対策も立てられる気がする。週の前半に大きな仕事を寄せて、木曜は軽めのタスクの日にする。飲み会や夜の予定も、できるだけ木曜には入れない。カレンダーの組み方で心の消耗は案外変えられるのかもしれない。来週の手帳を開いて、木曜の欄に「無理しない」とだけ書いておいた。予定というより、おまじないに近いけれど。
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