日曜日の午後、二時を過ぎたころ。洗い物を終えて、氷を入れたアイスコーヒーを持ってベランダの椅子に座った。八月の日差しはまだ強いけれど、吹き込む風には少しだけ涼しさが混じっている気がする。
こうして何も予定を入れずに座っている時間が、最近少しずつ増えてきた。前は休みの日でも、何かしていないと落ち着かなかった。予定を詰め込んで、夕方には疲れて帰ってきて、布団に入りながらもう次の週のことを考える。そんな繰り返しだった気がする。
でも今日は、氷が溶けていく音を聞きながら、ただぼんやりしている。遠くで誰かが洗濯物を叩く音がする。子どもたちの声も聞こえてくる。特別なことは何もないのに、こういう時間が意外と心を整えてくれることに、最近になってようやく気づいた。
肌のことも、少し似ているかもしれない。以前は新しいものを次々に試しては、変化が見えないとすぐに焦っていた。ひとつ試して数日で結果を求めて、思うようにいかないと別のものに手を伸ばす。そんなことを繰り返していた時期もあった。今は、朝晩のいつもの手順を淡々と続けるだけで、それ以上をあまり求めなくなった。変わったのは肌そのものというより、肌への向き合い方だったのだと思う。
グラスの底に残った氷がまた少し溶けて、カランと涼しい音を立てた。その音を聞いているだけで、今日はもう十分だと思えた。何かを成し遂げたわけでも、特別なことをしたわけでもない。それでも、こういう静かな午後を過ごせたことが、ちょっとした自分へのご褒美のように感じられる。小さな気づきというのは、たいてい構えていないときに、こんなふうにふっとやってくるものなのかもしれない。
※この記事は個人の体験・感想であり、効果を保証するものではありません。肌に合わない場合は使用を中止してください。
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肌についても、「攻めるケア」より「待つケア」が合っている気がしてきた。新しいものを足すより、睡眠と保湿という基本を揃えて、あとは肌のペースを待つ。植物を育てるのと似ていて、毎日引っこ抜いて根を確かめていたら育つものも育たない。数日で結果を求めていた昔の私は、まさにそれをやっていたのだと思う。
夕方、氷がすっかり溶けたグラスを流しに運びながら、来週の日曜もこの椅子でこの時間を過ごそうと決めた。予定表には書かない予定。それがいちばん贅沢な予定かもしれない。
ベランダの椅子は、この春に思いつきで買った小さな折りたたみのものだ。買ったときは「使うかな」と半信半疑だったけれど、今ではワンルームでいちばん元の取れた買い物になっている。座る場所がひとつ増えるだけで、部屋の中に「何もしない専用席」ができる。テーブルもパソコンもない席だから、座った瞬間に休むモードに切り替わる。環境が習慣を作るというのは、こういうことなのだと思う。
夜になって、ベランダの椅子を片付けながらふと思った。今日いちばん贅沢だったのは、アイスコーヒーでも休日でもなく、「急かされなかった時間」そのものだったのかもしれない。平日には買えないものが、日曜の午後にはただで転がっている。来週もこの椅子で、氷の溶ける音を聞けますように。
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