夜の九時すぎ、残業を終えて駅を出たら、むわっとした空気が顔にはりついた。七月の終わりの東京は、夜になっても熱がこもったままで、マンションまでの十分の道のりで、もう肌がべたべたになる。
途中のコンビニで、冷たいおにぎりをひとつだけ買った。レジの待ち時間にガラスに映った自分と目が合って、あ、疲れてるな、と思った。前髪が汗ではりついて、化粧はほとんど残っていない。見なかったことにして、袋を受けとった。
ワンルームに帰って、まず除湿機のスイッチを入れる。冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、一気に半分。それでやっと、今日がおわった気がした。
最近、気持ちに余裕がない日がつづいている。今日は仕事で小さなミスをして、帰りの満員電車のなかで、ずっとそのことばかり考えていた。そういう日は、鏡を見るのもすこし憂うつになる。疲れた顔をしていると、自分を責める材料がひとつ増えるみたいで。
でも今夜は、シャワーのあと、化粧水を手にとって、いつもよりすこしだけ時間をかけて頬にのせてみた。何かを変えたかったわけじゃない。ただ、手のひらの温度が気持ちよくて、そのあいだだけは、ミスのことを考えずにすんだ。乾燥しやすい私の肌も、この時間だけは、なんとなく機嫌がよさそうに見えた。
私の場合、ケアの時間って、肌のためというより、気持ちの区切りのためにあるのかもしれない、と思うことがある。うまくいかなかった日でも、この数分だけはちゃんと自分にやさしくできた、という小さな事実が残る。それだけで、眠る前の気持ちがすこし軽くなる気がする。
ベランダの窓をあけると、遠くでセミがまだ鳴いていた。熱帯夜はもうしばらくつづくみたいだけれど、明日の朝は、すこしましな顔で鏡の前に立てたらいいな。
完璧じゃなくていい。今日の私は、これでよかったことにする。
そういえば、夜にゆっくり手を動かすケアには、気持ちを落ち着かせる意味もあるという話を聞いたことがある。手のひらで頬を包むと、じんわりした温かさで呼吸が深くなる気がして、たしかに理にかなっているのかもしれない。難しいことはわからないけれど、深呼吸しながらのハンドプレスは、私にとって小さな瞑想みたいなものになっている。
それに、眠っているあいだは肌にとっても大事な時間だと言われている。よく眠れた翌朝は化粧のりがいい気がするのは、たぶん気のせいだけじゃない。だから残業で遅くなった夜ほど、スマホを早めに置いて、部屋の電気を落とすようにしている。できない日のほうが多いけれど、意識するだけでも違う気がする。
残業した夜の自分ルールも、少しずつ増えてきた。帰り道では仕事のことを考えるのをやめる、コンビニでは温かい飲み物もひとつ買う、お風呂は面倒でも湯船に三分だけ浸かる。どれも小さなことだけれど、疲れた日ほど「ちゃんと自分の面倒を見た」という事実が効いてくる。
明日も残業になるかもしれないし、ならないかもしれない。どちらでも、夜の数分のやさしさだけは自分に約束しておこうと思う。それがある限り、多少へこんだ日でも、なんとか立て直せる気がするから。
ちなみに、コンビニで買ったおにぎりは、結局お茶と一緒にゆっくり食べた。夜遅い食事はよくないと言われているのを知りつつ、空腹のまま寝るよりましだと自分に許可を出す。そういう小さな「まあいいか」を自分に出せるようになったのも、たぶんここ一年くらいの変化だ。全部を正しくやろうとしていた頃より、今のほうが肌も心も機嫌がいい気がする。
※この記事は個人の体験・感想であり、効果を保証するものではありません。肌に合わない場合は使用を中止してください。
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