月曜の午後、コピー機の順番待ちで見えた心の余白のなさ

日記
お知らせ:「さき」は自分ケア編集部が創作した架空の人物であり、実在する人物ではありません。このブログは、編集部が一人称のエッセイ形式でまとめた体験談・情報コンテンツです。内容は個人の感想を模したものであり、効果を保証するものではありません。

お昼を済ませてデスクに戻ると、午後一番でコピー機の順番待ちに並ぶことになった。前の人の枚数が多くて、思ったより長く立っていることになった。普段ならスマホでも見て時間を潰すところだけど、今日はなぜか手ぶらのまま、ただぼんやり順番を待っていた。

そのとき、自分がここ最近ずっと「次は何をするか」ばかり考えていたことに気づいた。会議の合間も、移動の途中も、頭の中では常に次の予定が動いていて、今この瞬間に立っていること自体を意識したことがほとんどなかった。コピー機の低い作動音と、窓から差し込む午後の光だけがある時間。それだけのはずなのに、妙に新鮮に感じられた。

心に余白がないと、些細なことにもすぐ苛立ってしまう。今日みたいに数分待たされるだけで、内心では「早くしてほしい」と焦っていた自分がいた。でも実際には、その数分でどうにかなる予定なんて一つもなかった。焦りは状況が作っているのではなく、自分の中の余裕のなさが作っているのだと、順番を待ちながら妙に納得してしまった。

コピーを終えて席に戻る道すがら、少しだけ歩く速度を落としてみた。急いでも急がなくても、着く時間はそう変わらない。それなのに、いつも無意識に急いでいる。今日はその癖に気づけただけでも、収穫だったように思う。

夕方までにはまだ仕事が残っているけれど、さっきよりは少し肩の力が抜けている気がする。予定を減らすことはできなくても、予定と予定のあいだの数分をどう過ごすかは、自分で選べるのかもしれない。次にまた誰かの後ろに並ぶことがあったら、今度は最初からスマホを取り出さずにいてみようと思う。

あとで知ったのだけど、意識的に「何もしない数分」を持つことは、頭を休ませるのに役立つと言われているらしい。スマホを見るのは休憩のつもりでいて、実は頭は働きっぱなしなのだとか。コピー機の前の手持ち無沙汰な数分が妙に新鮮だったのは、久しぶりに頭がほんとうに休んだからなのかもしれない。

それから、歩く速度を落とす実験は、あの日以来こっそり続けている。駅までの道、エスカレーターではなく階段、昼休みの廊下。急がない選択をするたびに、呼吸がひとつ深くなる気がする。心の余白は、時間の量ではなく、時間の使い方の癖から生まれるものらしいと、身をもって覚えつつある。

余白ができると、不思議と肌のケアも丁寧になる。夜の鏡の前で、化粧水を急いで塗りたくる日と、ゆっくりなじませる日。手が同じことをしていても、気持ちの速度が違う。コピー機の順番待ちが教えてくれたことは、思ったより広いところまで効いている。

もうひとつ、あの日から始めた小さな実験がある。エレベーターを待つあいだ、スマホを出さずに窓の外を見る、というものだ。たった数十秒なのに、最初はそわそわして仕方なかった。手持ち無沙汰に耐えられない体になっていたのだと思う。二週間続けた今は、その数十秒がむしろ楽しみになってきた。空の色や街路樹の揺れ方で、季節の進み具合がわかる。余白は探すものではなく、もともとそこにあったものを取り戻すだけなのかもしれない。

月曜の午後の数分の気づきが、こうして一週間、二週間と形を変えて続いている。心の余白は貯金と違って、貯めておくことはできないらしい。毎日その日の分を作るしかない。だったら、コピー機の前でも、信号待ちでも、作れるときに作っておこうと思う。今日の分の余白は、たぶんもう作れた。

※この記事は個人の体験・感想であり、効果を保証するものではありません。肌に合わない場合は使用を中止してください。

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